PolyEDM

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我々は、電子の電気双極子モーメント(EDM)の探索のために、質量数の大きな多原子分子をレーザー冷却・光学トラップすることを目指しています。

この研究はPhysics Worldでも取り上げられました。PolyEDMについての記事はここで読むことができます!

研究のモチベーション

素粒子物理学における標準模型はこれまで多くの成功を収めてきましたが、一方で解決されなくてはならない問題をいくつか抱えています。例えば現在の標準模型は、物質が多数を占めていて反物質がほとんど存在しない宇宙を説明することができていません。しかしながら、そんな宇宙こそがまさに我々が住んでいる宇宙の姿なのです。Image of a galaxy and a rendition of an anti-galaxy, which is not observed in our universe.

この物質・反物質の非対称性を説明することのできるあらゆる理論は、時間反転対称性を破る新しい相互作用の存在を必要としており[1]、素粒子のEDMはそのような対称性の破れを直接的に示すものの一つです[2]。ここ何十年かの研究によって、重い原子・分子が電子のEDMについて非常に精度の高い測定を可能にしてくれることがわかってきました [3-6]。

PolyEDM

EDM実験は、本質的には単に電場による電子のエネルギーの変化を測定する、というものです。ところが、そのような測定を精密に行うためには、大きな電場、長い反応時間、そして大量の粒子が必要となります。これらは全て、電気的に中性な重い多原子分子をレーザーで冷却しトラップすることで達成されます。さらに、多原子分子では(2原子分子とは異なり)内部共存磁力計として働く複数の状態を用いることで、系統誤差を安定して抑制ができます。2原子分子のうちのいくつかは、上にあげた利点の一部分を満たしますが、多原子分子はこれまでわかっている中で全ての長所を同時に満たすことのできる唯一のプラットフォームです[7]。

一例として、光学トラップにおいて10秒の可干渉時間で106 個の多原子分子を用いる実験では、約1週間平均でPeV級のスケールでの時間反転対称性破れの探索が可能となります。これは、現存する、あるいは実現可能な加速器のエネルギースケールを大きく超えるものです。

Ybを含有する多原子分子

Ybを含む多原子分子は、上述の実験において理想的な実験対象です。Yb原子核は大きな質量を持つため、電子EDMの相対論的増幅が大きくなります[8]。さらに、Ybのアルカリ土類的な電子構造は、YbOHやYbOCH3といった分子が、すでにレーザー冷却および光学トラップが実証されているCaFや[9-12]、1次元レーザー冷却が確認されているSrOH[13]と等電子的であることを意味します。

Figure showing an excited molecule decaying and emitting a photon

YbOHとYbOCH3の構造が持つ重要な特徴は、原子核の軌道角運動量から生じる「パリティ2重項」です[7]。YbOHの変角モードは、約40MHz離れた1組の状態からなります。実験室で発生させる約100V/cmの小さな電場は、これらの状態を完全に混合し、分子を実験室の電場に対して同じ向きかあるいは正反対の向きに整列させます。その一方で、 Yb原子核の近くにいる電子は、25GV/cm程度の内部電場を経験します[8]。それぞれの向きを選択的に生産してスピン歳差運動の測定を行うことで、電子EDMの内部電場との相互作用を両方向で測定し、それによって系統誤差が抑制されます。YbOCH3も似たような状態の組を剛体回転運動から獲得していますが、これらの状態のエネルギーの差は1MHzよりも小さく、したがって1V/cm未満の電場中で完全に分極されてしまいます。パリティ2重項の寿命は両方の分子で10秒以上あり、これが長い可干渉時間を保証しています。

実験結果

我々が最初に実証したYbOHのレーザー冷却では、分子ビームの垂直方向温度を20mKから600uK未満まで減少させることに成功しました。下図では、冷却前の分子ビーム(図(a)) が青方向に離調されたレーザーを使用することで圧縮されている様子が明確にわかり(図(c))、レーザーによる冷却の効果を確認することができます。一方で、赤方向に離調されたレーザーを用いると分子の温度が上昇することもわかります(図(b))。本実験はNJP誌にFast Track Communicationとしてアクセプトされました。ここから読むことができます。 

Laser cooling / heating of YbOH

並行して、我々はASUのSteimleグループとの共同研究でYbOCH3分子の初の観測に成功しました。我々の最初の測定は YbOCH3が比較的対角なFranck-Condon因子を持つことを示しており、これはYbOCH3がレーザー冷却とトラップ可能な分子の新たな候補であることを意味しています。

 

 

参考文献

[1] A. D. Sakharov, "Violation of CP Invariance, C asymmetry, and baryon asymmetry of the universe." JETP Lett. 5, 24-27 (1967).

[2] E. D. Commins and D. DeMille, "The Electric Dipole Moment of the Electron," in Lepton Dipole Moments. Advanced Series on Directions in High Energy Physics: Vol. 20. Robers, B. Lee, Ed. https://www.worldscientific.com/worldscibooks/10.1142/7273 (2009).

[3] J. J. Hudson, D. M. Kara, I. J. Smallman, B. E. Sauer, M. R. Tarbutt, and E. A. Hinds, "Improved measurement of the shape of the electron." Nature 473, 493-496 (2011).

[4] ACME Collaboration, "Order of magnitude smaller limit on the electric dipole moment of the electron." Science 17, Vol. 343 Issue 6168, 269-272 (2014).

[5] W. B. Cairncross, D. N. Gresh, M. Grau, K. C. Cossel, T. S. Roussy, Y. Ni, Y. Zhou, J. Ye, and E. A. Cornell, "Precision measurement of the electron's electric dipole moment using trapped molecular ions." Phys. Rev. Lett. 119, 153001 (2017).

[6] ACME Collaboration, "Improved limit on the electric dipole moment of the electron." Nature 562, 355-360 (2018). 

[7] I. Kozyryev and N. R. Hutzler, "Precision measurement of time-reversal symmetry violation with laser-cooled polyatomic molecules." Phys. Rev. Lett. 119, 133002 (2017).

[8] M. Denis, P. A. B. Haase, R. G. E. Timmermans, E. Eliav, N. R. Hutzler, and A. Borschevsky, "Enhancement factor for the electric dipole moment of the electron in the BaOH and YbOH molecules." arXiv:1901.02265v1 (2019).

[9] S. Truppe, H. J. Williams, M. Hambach, L. Caldwell, N. J. Fitch, E. A. Hinds, B. E. Sauer, and M. R. Tarbutt, "Molecules cooled below the Doppler limit." Nat. Phys. 13, 1173-1176 (2017).

[10] L. Anderegg, B. L. Augenbraun, E. Chae, B. Hemmerling, N. R. Hutzler, A. Ravi, A. Collopy, J. Ye, W. Ketterle, and J. M. Doyle, "Radio Frequency Magneto-Optical Trapping of CaF with High Density." Phys. Rev. Lett. 119, 103201 (2017).

[11] L. W. Cheuk, L. Anderegg, B. L. Augenbraun, Y. Bao, S. Burchesky, W. Ketterle, and J. M. Doyle, "Λ-Enhanced Imaging of Molecules in an Optical Trap." Phys. Rev. Lett. 121, 083201 (2018).

[12] L. Anderegg, B. L. Augenbraun, Y. Bao, S. Burchesky, L. W. Cheuk, W. Ketterle, and J. M. Doyle, "Laser cooling of optically trapped molecules." Nat. Phys. 14, 890-893 (2018).

[13] I. Kozyryev, L. Baum, K. Matsuda, B. L. Augenbraun, L. Anderegg, A. P. Sedlack, and J. M. Doyle, "Sisyphus Laser Cooling of a Polyatomic Molecule." Phys. Rev. Lett. 118, 173201 (2017).